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2010年5月13日

枕崎・平和祈念展望台より、戦艦大和を想う (03) エピローグ 指宿枕崎線から開聞岳を見る

 来た道を引き返してホテルに戻り、チェックアウトを済ませた私は、ホテルの女将さんの車で枕崎駅にほど近い南溟館という美術館まで送ってもらった。シーサイドホテル八潮は古かったが、親切な女将さんだった。女将さんの話では、枕崎は観光客はあまり見かけないという。ホテルの利用客も観光目的よりは仕事で訪れる客が多いと言っていた。

 JR指宿枕崎線。その終着駅が枕崎駅である。国内のJRグループの駅で最南端にある始発・終着駅だ。本数も一日六本と少なく、乗り遅れると大変なことになる。
 現在の枕崎駅は、駅舎もなくプラットフォームがあるだけの無人駅で、JRの最南端にある始発・終着駅の様相としては寂しい限りだが、旧枕崎駅舎の写真パネルが設置されていた。立派な駅舎だ。どういう事情があったのか分からないが、平成十八年三月十四日に解体されたとある。

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現在の枕崎駅の様子。プラットフォームだけの無人駅。

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平成十八年三月に解体されてしまったという旧駅舎の写真。

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枕崎駅にあった時刻表と運賃表。一日に六本しかない。

 十三時十九分枕崎駅発指宿行きの電車に乗った私は、枕崎を後にした。指宿駅に十四時三十六分に到着し、そこで快速なのはなDXに乗り換えれば、十五時三十五分に鹿児島中央駅に到着する。

 知覧・万世・枕崎と巡ってきたが、印象深いひとり旅であった。地元の方と接することができ、日本を守るために散華した方々が生きた痕跡に、少しでも触れることができたと思う。彼らが自ら命を散らせる代わりに、残された人々に託していったのは、どういう願いだったのか?薩摩半島沿いに走るローカル線に揺られながら、私は想いを巡らせていた。

 今の日本の現状はどうだろう?多くの米軍基地や飛行場、米軍の軍事施設が国内に存在し、国防の重要な部分をアメリカが肩代わりしている。この現状が維持される限り、先のイラク戦争のように、アメリカが国際世論を無視して始めた戦争に、日本はたちまち利用される。日本国内にある米軍基地から、多くの兵士や武器が、アメリカが始めた戦争に駆り出されていった。日本は一方でもう二度と戦争をしないという平和主義者のような顔をしていながら、実際にはアメリカの戦争に荷担しているのだ。果たして今の日本は独立国家と言えるのだろうか?自国の国民の力で、自分たちの国を守ろうとしない(できない)国家。そしてその状況が、あたかも未来永劫変わらない既成事実であるかのように認めてしまって変えようとしない政治家たち。おかしいと思わないか、この状況?いったい誰の国なんだろう?それが私たちが暮らしている日本の現状だ。

 私が今回旅した地域には、真の独立国家とは何かを考えるための貴重な遺産が数多くある。一人でも多くの人が、知覧・万世・枕崎の地を訪れて、自分で何かを感じる旅をしてもらいたいと願わないわけにはいかなかった。それは決して楽しい旅にはならないかもしれないが、私にとってそうであったように、日本のこれからについて、真の独立国家とは何かを考えるひとつのきっかけになるかもしれない。

 最後に、吉田満氏の「戦艦大和の最後」より有名な一節を、もう一度読んでおきたい。

 痛烈なる必敗論議をかたわらに、哨戒長臼淵大尉(一次室長)、薄暮の洋上に眼鏡を向けしまま低く囁くごとく言う
「進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ
 日本は進歩ということを軽んじすぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた
 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」
 彼、臼淵大尉の持論にして、また連日一次室に沸騰せる死生談義の、一応の結論なり
 敢えてこれに反駁を加え得る者なし
 吉田満著「戦艦大和の最後」より引用

 明日をも知れぬ大和の乗組員たちの、俺たちはいったい何のために命をかけて闘っているのだろうか、その意味が知りたいという痛切な想い。私はあらためて問い直したい。私たちが生きている祖国・日本は、胸を張れる国になろうとしているだろうか?そして私たちはどれほど深く、国を守るために死んでいった人たちの無念さを理解して、今日を生きているだろうか?

 電車はいつのまにか、開聞岳を右手に見ながら走っていく。あいにく開聞岳の山頂は雲に覆われていて見えない。知覧や万世から出撃した特攻機は、開聞岳を目印に沖縄へ向かったという。大和を含む第二艦隊の乗組員たちもあの運命の日に、この山を見たかもしれない。死ぬ前に最後に見ることができた本土の風景。本土の地、家族、友人、愛するものすべてとの永遠の別れの目印が開聞岳だったのだろう。
 今度訪れたときには、開聞岳に登って、そこから南の海を眺めてみたい。電車は指宿に向かって走り、開聞岳は視界から遠ざかっていった。

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枕崎・火之神公園 平和祈念展望台へのアクセス

火之神公園・平和祈念展望台へは、枕崎駅からタクシーで10分。鹿児島中央駅から枕崎駅へは、本数が少ないがJR指宿枕崎線を利用するか、鹿児島交通のバスが出ているようだ。枕崎市のウェブサイトを参考にするとよいだろう。
枕崎市 観光スポット
枕崎市 市の位置/アクセス
平和祈念展望台奉賛会

また枕崎市内には観光ホテルやビジネスホテルが複数ある。地元のお店などで手に入る観光マップを活用しよう。
鹿児島中央駅周辺の宿泊施設
指宿温泉の温泉宿

2010年5月13日 14:57