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2010年4月27日

知覧特攻平和会館 (06) 戦後の復興

小部屋の聴衆たちは、水を打ったように静まりかえっていた。いや、全員が涙をこらえているかのような、辛い雰囲気だったかもしれない。聴衆を前にした職員のおじいさんが再び口を開いた。

しかしいずれにしましても、このような戦闘機に爆弾をくくりつけて、敵の艦船に体当たりするといったような命の尊さを無視した戦法は、絶対にとってはならないことだと思います。また戦争もなくに越したことはありません。しかしながら一歩外に目を向けますと、地域紛争は絶えませんし、国によってはご飯もロクに食べられない、あるいは内紛続きで、まだまだ発展途上の国が世界にはたくさんある中で、我が国は戦後、見事に復興して繁栄をきわめております。

これはひとつには、さきほどから見ていただきました若い特攻隊員たちが、沖縄の空に旅立つときに、戦争が終わったら、後に残った人たちが、我々の分まで一生懸命日本再建・発展に向けてがんばってくれるに違いないという祈りと願いを託し、後に残ったものががんばったからこそ、今の日本の基盤があるといえるのではないでしょうか。

戦争が終わりまして、戦場で生き残った方々が、たくさん帰ってこられました。彼らは、あー、助かったとホッとしたこともあったでしょうけれど、一緒に戦った同僚・戦友には本当に申し訳ないという気持ちがありました。そのエネルギーを、この日本をなんとか良くしなければという気持ちに変え、復興の努力をつづけました。そのおかげで戦争が終わって、わずか10年、昭和30年には、もはや戦後ではないというほど、日本は活気を取り戻すことができました。こういう素晴らしい国は、世界のどこにもないんですね。そして私たちは後輩にあたります。

残念なことに、今から64年前、みなさんのお父さん、お爺さん、曾お爺さんの時代には、このように明日を生きようにも生きることができなかった時代があったことを忘れないようにし、どうかこの方々の分も含んで、充実した人生を送っていただけたらと願う次第です。

戦争のむなしさ、平和のありがたさ、素晴らしさ、そして最近大きな課題になっている親子、家族の絆のあり方、家族愛につきまして、あらためて考えていただけたら、ありがたいと思います。最後になりました、ますますみなさまのご多幸ご健勝、引き続きご旅行が安全で素晴らしいものになりますように願い、お話を終わらせていただきます。ありがとうございました。

30分弱のトークは終わった。聴衆から語り手のおじいさんに暖かい拍手が送られた。

私が聞いた話をなるべく多くの方に読んでいただきたいと思い、ここに長々とトークを再現した。それは言うまでもなく、できるかぎり多くの方に、私が今回訪れたように知覧特攻平和会館に足を運んでもらいたいからだ。それこそが微力ながら今の私ができることであり、ひいては日本のためになることだと確信している。難しく考えなくても、素直に感じたままに特攻隊員たちの生き様に思いを馳せ、国や家族を想う気持ちを失わなければ、日本という国は、我々ひとりひとりの手で、もっと誇りを持てる素晴らしい国にすることができるのではないだろうか?

私は、小部屋を退出しながら、この日、ここに来て、この話が聞けて、本当に良かったと思った。まだまだ展示物を見足りない気がしたが、もうお昼になっていた。私は次の目的地に向かうため、平和会館の外に出た。途中売店で一冊の書籍を購入した。

この書籍の中に、トークの中で紹介された子犬を抱いた少年兵たち第72振武隊の隊員たちの記述がある。書籍のタイトルに使われている題字「只一筋に征く」は、子犬を抱いた17歳の荒木幸雄伍長が、出撃前に身を寄せていた佐賀県の西往寺でハンカチに書き遺したものだという。豊富な写真や図版で陸軍特別攻撃隊の歴史や作戦について、また各飛行隊のエピソードなどが紹介されており、陸軍特別攻撃隊について知りたい方におすすめの一冊だ。

平和会館の外に出ると裏手あたりに、トークでも紹介されていた復元された三角兵舎があった。

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出撃前夜、特攻隊員たちはこの中で、何を想い、何を語っていただろうか。明日のこの時間、自分はもうこの世にはいないのだ、家族に会うこともできないあの世へ行ってしまっているのだ、そんなことを考えたのだろうか。あまりに重すぎる絶望的な任務である。戦争というのは、そこまでしなければならないのか。私は合掌し、特攻隊員たち英霊に安らかにお眠りくださいと祈りを捧げて、三角兵舎を後にした。いつの日か、再びここに来よう。そしてそのときは、もっとこのあたりを歩いて、かつて飛行場だった痕跡を探してみようと思わずにはいられなかった。

知覧特攻平和会館へのアクセス

知覧特攻平和会館についての情報は、南九州市による下記サイトを参考にしよう。
知覧特攻平和会館のオフィシャルサイト
私は今回鹿児島中央駅から鹿児島交通バスで、知覧特攻平和会館に行った。参考までに、そのときの情報を記しておこう。ただし現在変更されている可能性があるので、あくまで参考程度に。詳しい情報は各観光案内所に問い合わせるといいだろう。
鹿児島中央駅のバスターミナル16番より特攻観音入口行きのバスに乗り、終点の特攻観音入口下車。所用時間約90分で料金は920円。
鹿児島中央駅周辺の宿泊施設
指宿温泉の温泉宿

おすすめ動画

「我突入ス」と電文を遺して、彼らは南の空へ散っていった・・・ある機体は敵艦に体当たりし、またある機体は途中で被弾し、海上に墜落していった。あの機体には若きパイロットが乗っており、彼ら特攻隊員たちは自らの命をなげうって祖国や家族を守ろうとした。死にゆく自分は見れないが、いつの日か日本は必ずや復興すると信じ、出撃した。そして彼らの犠牲の先に、戦後の今の日本がある。そのことを忘れて、日本の発展や平和はありえないと思う。今の日本人に大切なことは何かを思い起こさせてくれる動画だと思う。

親への感謝の気持ち。それが特攻隊員たちにどれほど強いものだったかが分かる動画だ。豊かに人並みの暮らしができるようになり、平和を実現した現代、どうしてこれほど親とか家族への感謝の気持ちが薄れてしまったのだろう?親が苦労に苦労を重ねて自分を育ててくれたという気持ち。自分はそれに誇りをもって、立派に応えたいという気持ち。そういった人間らしい誇りに満ちた気概はいったいどこに行ってしまったのか?昔は良かったと回顧すればいいわけではないが、人間として誇りを持った立派な生き方の親・大人がいなくなったことが大きい気がする。

「万世特攻平和祈念館 (01) 万世特攻平和祈念館到着」に続く

2010年4月27日 22:29